東京高等裁判所 平成6年(行ケ)234号 判決 1996年5月09日
京都府京都市南区吉祥院宮の東町2番地
原告
株式会社エステック
同代表者代表取締役
堀場雅夫
同訴訟代理人弁護士
大場正成
同
鈴木修
同弁理士
増井忠弐
滋賀県野洲郡中主町大字乙窪字澤588番1
被告
株式会社リンテック
同代表者代表取締役
小野弘文
同訴訟代理人弁護士
村林隆一
同
松本司
同弁理士
森義明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成1年審判第1590号事件について平成6年8月12日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「マスフロー流量計」とする特許第1265966号発明(昭和55年11月21日出願、昭和59年10月4日出願公告、昭和60年5月27日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
被告は、平成元年1月19日、本件特許につき無効審判の請求をした。特許庁は、この請求を平成1年審判第1590号事件として審理した結果、平成6年8月12日、「特許第1265966号発明の特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年9月21日原告に送達された。
2 本件発明の要旨
センサー部に毛細管を用いたマスフロー流量計において、バイパス部の流体抵抗素子としてセンサー部の毛細管と同一特性の毛細管を1又は複数本用いたことを特徴とするマスフロー流重計。(別紙図面1第1図及び第5図参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) これに対して、請求人(被告)の提出した甲第3号証(本訴における書証番号で表示する。以下、同じ。)である米国特許第3433068号明細書(昭和44年7月25日特許庁資料館受入)には、
「本発明の更にもう1つの目的は、流体の実質的な流れに適応し、かつ前記センサー要素で層流が得られるようにするために、前記センサー要素と同一に構成された複数のバイパス管を用いるところの熱式質量流量計を提供することである。」(2欄64行~69行)、
「センサー要素41は、制御要素40と実質的に同一に構成され、外側管状対流シールド43とドラム端部44内に載置される開放センサー管52を含む。管52はインレット室46からアウトレット室47に開放されている。温度変化とともに抵抗が変化する別の自己加熱温度感応抵抗要素53も、要素41の管52のまわりに巻かれ、適切なリードがこの抵抗要素をブリッジ回路内に接続するために設けられている。抵抗要素53は管から電気的に絶縁されているが、これと良好な熱伝導関係にある。ダミー要素42は、前記要素40と同様に構成され、かつ外側対流シールド43、ドラムヘッド44及び中央管54を含む。管部材54はインレット端部で封止され、そこを流体が流れないようになっている。」(5欄20行~36行)、
「上述の構成要素に加えて、56で示す複数のバイパス管が隔壁33、33に設けられている。前記バイパス管56は、流体がそこを通って前記流量センサーの入口から出口へ流れることができるように開口されている。これらのバイパス管56は、前記管52と同一に構成されている。それらは、同一のサイズ、直径、長さ、形状を有し、そのセンサーを通るいかなる特別の流体の流れも、前記バイパス管の各々において同一になり、かつ前記センサー要素41の管52を通る流れと同じになるのである。前記センサー要素を通る流れの割合は、いかなる速度或いはいかなる流量比の、いかなる種類の流体でも、同じである。それ故、あらゆる流体に対して、センサーの限界内であらゆる流量比において測定が安定維持されることになる。図示するように、前記ユニット内に10本のバイパス管があるが、必要適切な本数を用いることができる。」(5欄57行~73行)、
「流体が管52を流れるようにするセンサー要素41は、ダミー要素がユニットを通る流体流れに影響されない一方で、ユニットを通る流体流れに感応する。それ故、流体がセンサー及びセンサー要素41の管52を流れれば、熱はこの管を流れる流体に強制対流により失われる。このため、抵抗要素53の温度が下がり、抵抗が変化してブリッジ不平衡がおこり、ブリッジの出力端子65に出力信号が現れる。較正により、この出力信号は管52を通って流れる流体の量に関係づけられ、次にセンサーを通る全流体流れに関係づけられる。」(6欄20行~34行)、
「流体が流れる管は、層流を保証するに十分に小さく、それにより、境界層効果を最小にする。センサーの通常の流量範囲のためのこれらの管の普通のサイズは、約.014”I.D.である。」(9欄73行~10欄1行)、及び
「前記センサーに設けたバイパス管は、構造において前記センサー管と、サイズが同一である。これは、異なる流体、異なる粘度及び異なる流れにより、レイノルズ数が変わる効果をなくし、前記センサー管を通る全流量の割合を同じに保つのである。」(10欄15行~20行)が
第1図~第3A図(別紙図面2参照)とともに記載されている。
(3) そこで、本件発明と甲第3号証に記載の発明とを対比すると、甲第3号証に記載の「センサー要素」、「バイパス管」は、それぞれ本件発明における「センサー部」、「バイパス部の管」に相当し、また、甲第3号証に、「バイパス管には必要適切な本数を用いることができる」との記載があるから、両者は、「センサー部に管を用いた流量計において、バイパス部にも管を1又は複数本用いたことを特徴とする流量計。」である点で一致する。
(4) しかし、次の点で相違する。
<1> 流量計に関して、本件発明では、マスフロー流量計であるのに対して、甲第3号証に記載の発明では、熱式質量流量計である点。
<2> センサー部とバイパス部に用いられる管に関して、本件発明では、ともに毛細管であり、バイパス部の流体抵抗素子としての毛細管がセンサー部の毛細管と同一特性を有するのに対して、甲第3号証に記載の発明では、ともに小さい径の管であり、バイパス部の管はセンサー部の管と同一に構成され、それらは同一のサイズ、直径、長さ、形状を有する点。
(5) 次に、上記の各相違点について検討する。
<1> 相違点<1>について
甲第3号証の6欄20行~34行中には、「較正により、ブリッジの出力端子65に現れる出力信号は、センサー要素41の管52を通って流れる流体の量に関係づけられ、次にセンサー30を通る全流体流れに関係づけられる。」と記載されており、このことは、センサー中を流れる流体をバイパス部とセンサー部とに分けて流し、ンサー部で検出される流量から流体の総流量を測定する、いわゆるマスフロー流量計であることを意味しているものと解され、しかも、本件発明では、センサー部における流量検出手段に関して、何ら特定されていない以上、甲第3号証に記載されたようなセンサー要素、制御要素及びダミー要素を用いた熱式質量流量計も、本件発明の流量計に包含されるものであるから、両者は、マスフロー流量計の点において差異があるとすることはできない。
<2> 相違点<2>について
甲第3号証の9欄73行~10欄1行には、「流体が流れる管は、十分に小さく、センサーの通常の流量範囲では、その内径は約.014インチである。」と記載されており、センサー管及びバイパス管が、ともに上記流体が流れる管に相当することは明らかであり、また、内径が約.014インチの管は、技術常識からみて毛細管であると認められる。また、同号証の5欄57行~73行中の「バイパス管56はセンサー管52と同一に構成され、それらは、同一のサイズ、直径、長さ、形状を有し、センサーを通るいかなる特別の流体の流れも、前記バイパス管の各々において同一であり、かつ前記センサー管52を通る流れと同じになるのである。前記センサー要素を通る流れの割合は、いかなる速度或いはいかなる流量比の、いかなる種類の流体でも、同じである。それ故、あらゆる流体に対して、センサーの限界内であらゆる流量比において測定が安定維持されることになる。」との記載、及び10欄15行~20行中の「バイパス管は、センサー管とサイズが同一である。これは、異なる流体、異なる粘度及び異なる流れにより、レイノルズ数が変わる効果をなくし、前記センサー管を通る全流量の割合を同じに保つのである。」との記載をそれぞれ考慮すると、甲第3号証に記載の流量計においても、流速の大小に拘らず、センサー管を通る流体流量とバイパス管を通る流体流量の比が一定に保たれており、このことは、上記バイパス管が流体抵抗素子として機能していることを意味するものである。しかも、上記センサー管とバイパス管が、ともに毛細管であり、かつ同一に構成されて、同一のサイズ、直径、長さ、形状を有することから、上記バイパス管は、上記センサー管と同一特性の最も好ましい態様を示していることになり、当然、上記バイパス管は、上記センサー管を構成する毛細管と同一特性の毛細管であるといえる。してみると、両者は、センサー管とバイパス部に毛細管を用い、バイパス部の流体抵抗素子としての毛細管がセンサー部の毛細管と同一特性を有する点において、実質的に差異があるとすることはできない。
以上のとおりであるから、甲第3号証に記載された発明は、実質的に本件発明の構成要件をすべて備えており、また、その効果においても両者の間に差異を認めることができない。
(6) したがって、本件発明は、甲第3号証に記載された発明と同一と認められるから、本件特許は、特許法29条1項3号の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号の規定により、これを無効とすべきものとする。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、甲第3号証には、「流体が流れる管は、層流を保証するに十分に小さく、それにより、境界層効果を最小にする。センサーの通常の流量範囲のためのこれらの管の普通のサイズは、約.014”I.D.である。」(9欄73行~10欄1行)が記載されていることは認め、その余は争う。同(3)は争う。同(4)のうち、<1>は認め、<2>は争う。同(5)、(6)は争う。
審決は、本件発明と甲第3号証に記載の発明との一致点の認定を誤り、かつ、相違点に対する判断を誤った結果、本件発明は甲第3号証に記載の発明と同一であるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)
<1> センサー部
審決は、甲第3号証に記載の「センサー要素」は、本件発明における「センサー部」に相当すると認定するが、誤りである。
本件発明のセンサー部は、1本の毛細管上にいずれも温度変化する2個のセンサーコイルを巻き付けた上、独立発泡スチロール等の断熱材で包んだものである。
これに対し、甲第3号証に記載の発明におけるセンサー要素は、円筒状の外側対流伝熱シールド管の中央に1本の毛細管を貫通した2重管で、その内部の毛細管上に1個のヒータコイルを巻き回してその温度変化を検知するものである。
このように全く発明概念及び構造が相違するものが互いに相当すると解することはできない。
<2> バイパス部
審決は、甲第3号証に記載の「バイパス部」は、本件発明における「バイパス部の管」に相当すると認定するが、誤りである。また、甲第3号証に記載の発明がバイパス部を有することを前提とする相違点<2>の認定も誤りである。
センサー部に毛細管を用いた場合、センサー部へ分岐する部分とセンサー部から合流する部分との所定スパンの間でバイパス部に差圧が生じないと、実質的に流体がセンサー部を流れないため、流量計として機能しない。そこで、センサー部へ流体を流し、測定を可能とするためには、バイパス部そのものをこの部位で差圧を発生させる機能要素とするため、バイパス部に流体抵抗素子を設けることを必要とすることになる。本件発明は、毛細管を流体抵抗素子としこれをパイプ内部に充填し全体としての流体抵抗要素を形成し、センサー部への流体の流れを作るための差圧発生用の特有の機能要素を具体的に組み込んでいる。
これに対し、甲第3号証に記載の発明には、その流入口と流出口との間にセンシング要素、ダミー要素、コントロール要素及びバイパス管が一群の集合体として寄せ集められているだけであり、差圧を発生させるという技術的課題・目的や、流体の本体を流すための機能とその一部を取り出してその流量を測定するという機能の分化・分担という技術思想はない。流体は、基本的には全量がセンシング要素を構成する管の中を流れていることで足りている。バイパス管は、流体が乱流になるほどの流量となる場合に、初めて設けられるものであり、センシング要素から溢れた流体をたれ流す役目を有するにすぎない。
甲第3号証に記載の発明におけるバイパス管が元々流体抵抗素子として組み込まれたものでないことは、米国特許庁における出願書類包袋中の1968年2月20日作成、同月26日受理の宣誓供述書(甲第4号証の1)において、甲第3号証に記載の発明における流量計は、バイパス管を閉塞して校正する、換言すればバイパス管は使うことなくセンシング要素の開放管のみで流量測定精度の校正を行うものとされていることから明らかである。バイパス開口はねじ付きにして測定値の長時間のドリフト(漂動又は変位)をチェックする安定性テストに用いることはあっても本来が盲栓で閉塞するために存在するものである。
さらに、甲第3号証に記載の発明が本来バイパス管を不必要としていたものであることは、「更に、図7(別紙図面2参照)から分かるように、内側ケース71は、必要に応じて、上述の目的のためのバイパス管76を備えることができる。」(甲第3号証訳文11頁4行ないし6行)との記載から明らかである。
(2) 取消事由2(相違点に対する判断の誤り)
<1> 相違点<1>に対する判断の誤り
甲第3号証に記載の発明における流量計が、全量測定方式の流量計であり、流体の本体を流すための機能とその一部を取り出してその流量を測定するという機能の分化・分担という技術思想を有しないことは、前記(1)<2>に記載のとおりである。
また、甲第3号証に記載の発明のセンサー要素が本件発明のセンサー部に相当するものではないことは、前記(1)<1>に記載のとおりである。
したがって、審決の相違点<1>に対する判断は誤りである。
<2> 相違点<2>に対する判断の誤り
甲第3号証に記載の発明におけるバイパス管が差圧を発生させる流体抵抗素子として機能していないことは、前記(1)<2>に記載したとおりである。
さらに、甲第3号証に記載の発明では、バイパス管は、センシング要素の中の毛細管と同一のサイズ、直径、長さ、形状を有するというに留まるのに対し、本件発明においては、バイパス部の毛細管とセンサー部の毛細管とは同一であるものとは限らず、広く直径、長さ、形状、材質を自在に互いに相違したり変化して用いるものである。
したがって、審決の相違点<2>に対する判断は誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定及び判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
<1> センサー部について
本件発明の特許請求の範囲は、センサー部の構成を「毛細管を用いた」とのみ規定しているところ、甲第3号証に記載の発明の1つの実施例では、毛細管である「管52」がセンサー部に用いられているから、この点において、両者に差異があるとすることはできない。原告の主張は、本件発明の要旨を一実施例の構成に限定して甲第3号証に記載の発明との対比をしようとするものである。
<2> バイパス部について
(a) 甲第3号証に記載された発明のバイパス管56は、毛細管であることにより流体抵抗となり、差圧を発生させるものである。このような技術知見は当業者にとっては周知のものである。
すなわち、毛細管等の内面が滑らかな水平円筒内を粘性流体が層流の状態で流れる場合に成立する法則として、ハーゲンーポアズイユの法則がある。この法則は次の式で表される。
<省略>
Q:流量、P1-P2:差圧、r:円筒の内径、
μ:流体の粘性、l:円筒の長さ
この式は、流量Qと差圧(P1-P2)が比例関係にあることを示しているが、これは毛細管に流体を流せば、必ず毛細管の入口と出口との間に差圧が発生することが前提となっている。
また、甲第3号証の「上記バイパス管56は、管52と同一の構造を有している。上記バイパス管は、同じ寸法、直径、長さ、形状を有しており、流量計を通過するどのような流体の流れもいずれのバイパス管の中において同一であり、センシング要素41の管52を通る流れと同一である。センシング要素を通って流れる流れの割合は、どのようなタイプの流体のどのような速度又は流量においても同じである。従って、総ての流量、速度において、また、総ての流体に関して、校正は、流量計の限度内にある。」(訳文9頁3行ないし9行)、「センサーに設けられるバイパス管の構造及び寸法は、センシング管の構造及び寸法と同一である。これにより、種々の流体、種々の粘性、並びに、種々の流量に関してレイノルズを変化させる効果が排除され、センシング管を通って流れる全流量の割合が同一に維持される。」(同16頁24行ないし27行)との記載は、センサー部毛細管(管52)とバイパス管56に同一の毛細管を使用すると、バイパス管56の1本には管52と同一の流量〔q〕が流れることを意味している。そして、バイパス管56の1本には、センシング管52と同一の流量〔q〕が流れるということは、上記のハーゲンーポアズイユの法則より、バイパス管56の1本の差圧は、センシング管の差圧と同じであること、つまりはバイパス管を流体抵抗素子とするという技術思想を意味している。
(b) 原告は、バイパス管56はセンサー部の管52から溢れた流体をたれ流す役目を有するにすぎないと主張するが、もし、バイパス管56がセンシング部の管52から溢れた流体をたれ流す役目を有するにすぎないのであれば、なぜバイパス管56にセンシング部の管52と同一の毛細管を使用しなければならないとの記載が甲第3号証にあるのか説明できない。また、センシング部の管52を流れる流量測定から、どうして流量計全体を流れる総流量が測定できると記載されているのか説明できない。
また、甲第4号証の1ないし3は、甲第3号証の流量計の安定性試験の結果を説明したものであり、この試験に際して、通常の使用方法の場合とバイパス管を閉塞した場合の測定結果を比較するためになされたものであることは明白である。そして、甲第4号証の2には、甲第3号証の実施例(品)は「それ故市販向けには許容範囲内の信頼性で十分な精度をもったものである。」との説明もなされているのである。
また、原告は、甲第3号証の「センサーを流体の速い流れに対して使用可能とするために、センサーにバイパス管を設ける。」(訳文3頁11行、12行)との記載から、甲第3号証に記載の発明は基本的に全量測定方式であると主張する。しかし、上記記載の意味は、流速の速い(流量の多い)ときにも対応できるようにバイパス管を設けるという意味であり、流速の遅いときにはバイパス管は不要であるという意味ではない。甲第3号証の図2及び図3(別紙図面2参照)でも、別のブロックに収納されたセンシング管52と10本のバイパス管56が、それぞれ流入室46につながり、また、流出室47とつながっている。
(c) 甲第3号証には、「(ブリッジの出力端子に現れる)出力信号は、校正により、管52を通って流れる流体の量に関連づけることができ、更に、流量計を通って流れる全流量に関連づけることができる。」(訳文10頁4行ないし6行)との記載がある。この記載は、出力端子に現れる出力信号とは、電気信号であるが、この信号の強さは管52の流体流量に関係し、さらに、流量計全体を流れる総流量(すなわち、管52と管56を流れる合計流量)に関係することを意味する。すなわち、バイパス管56には流体の本体〔qt〕を流し、センシング管52はその流量の一部〔q〕を取り出し、これを測定することで、流量計全体を流れる総流量〔q(t+1)〕を測定することが記載されている。
(2) 取消事由2について
<1> 相違点<1>について
甲第3号証に記載の発明におけるバイパス管が、流体の本体を流すための機能とその一部を取り出してその流量を測定するという機能の分化・分担という技術思想を有していることは、前記(1)<2>に記載のとおりである。
また、甲第3号証に記載の発明のセンサー要素が本件発明のセンシング部に相当するものであることは、前記(1)<1>に記載のとおりである。
したがって、審決の相違点<1>に対する判断に誤りはない。
<2> 相違点<2>について
甲第3号証に記載の発明におけるバイパス管が流体抵抗素子として機能していることは、前記(1)<2>に記載したとおりである。
さらに、甲第3号証に記載の発明におけるセンシング部の管と同一のサイズ、直径、長さ、形状を有する毛細管が、本件発明の「同一特性の毛細管」に含まれることは明らかである。
したがって、審決の相違点<2>に対する判断に誤りはない。
第4 証拠関係
本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点(4)<1>(相違点<1>の認定)は、当事者間に争いがない。
2 本件発明の概要
甲第2号証(本件発明の特許出願公告公報)には、本件発明の概要として、次の記載があることが認められる。
(1) 「(導管中を流れる流体をバイパス部とセンサー部とに分けて流し、センサー部で検出される流量から流体の総流量を測定するマスフロー流量計)において流量を広範囲にわたって精度よく測定するためには流速の大小に拘らず、センサー部を流通する流体流量とバイパス部を流通する流体流量の比を一定に保たねばならない」(1欄34行ないし末行)。「センサー部とバイパス部の流体抵抗素子との構造が異なると、レイノルズ数が異なり、その為一方例えばセンサー部を流れる流体が層流状態にあっても他方のバイパス部を流れる流体は乱流状態となっているという如く両者間で流体の流通状態が異なることがあるため一定比率を保ち得ないのである。しかも、この種流量計はセンサー部での検出値と、センサー部とバイパス部の流量比率とから流体の総流量を逆算するという方法をとっているため、前記比率が変化すると大きな測定誤差を生じてしまうこととなる。本発明は、かかる点に鑑み、センサー部を流れる流体の状態が層流のときはバイパス部も層流、乱流のときは乱流という如く、バイパス部を流れる流体の状態がセンサー部におけると同一の状態で変化するようにバイパス部の構成を工夫することにより上記課題の略々完全な解決を図ろうとすうものである」(2欄7行ないし25行)。
(2) 「本発明は、センサー部に毛細管を用いたマスフロー流量計においてバイパス部の流体抵抗素子としてセンサー部の毛細管と同一特性の毛細管を1本又は複数本用いたことを特徴としている。ここに同一特性とは、流量対差圧の関係が等しいことを意味し、毛細管の形状や寸法が全く同一であることに限られるものではない」(2欄26行ないし32行)。
(3) 「本発明に係るマスフロー流量計は以上に説明した如く・・・構成したため、次のような効果がある。
<1> 広範囲な流量に亘って高精度な測定が可能になる。
<2> センサー部、バイパス部ともに毛細管を使用しているため、残留流体のパージ時間が短い。従って短時間で測定開始することができる。
<3> 構造の簡単な毛細管を用いるため、比較的製作、加工費が安くつく」(5欄8行ないし6欄4行)。
3 原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1<1>(センサー部)について
原告は、審決が甲第3号証に記載の「センサー要素」は本件発明における「センサー部」に相当すると認定したことは誤りであると主張する。
しかしながら、本件発明は、特許請求の範囲において、センサー部の構成として「センサー部に毛細管を用いた」(甲第2号証1欄24行)と規定するのみであり、センサー部における流量検出手段の構成について何ら特定していないものである。
これに対し、審決の理由の要点(2)(甲第3号証の記載事項の認定)のうち、甲第3号証には、「流体が流れる管は、層流を保証するに十分に小さく、それにより、境界層効果を最小にする。センサーの通常の流量範囲のためのこれらの管の普通のサイズは、約.014”I.D.である。」(9欄73行~10欄1行)ことが記載されていることは、当事者間に争いがなく、この事実によれば、甲第3号証に記載の発明も、センシング管及びバイパス管に毛細管を使用しているものである。
そうすると、甲第3号証に記載されたようなセンサー要素、制御要素及びダミー要素を用いた熱式質量流量計も、本件発明の流量計に包含され、右「センサー要素」は本件発明における「センサー部」に相当するとの審決の認定に誤りはない。
もっとも、原告は、本件発明のセンサー部につき、1本の毛細管上にいずれも温度変化する2個のセンサーコイルを巻きつけた上、独立発泡スチロール等の断熱材で包んだものであるとし、引用例記載の「センサー要素」が本件発明の「センサー部」に相当するとした審決の認定は誤りであると主張するが、原告主張にかかるセンサー部の構成は、本件明細書の実施例として記載されたものである(甲第2号証3欄20行ないし23行、第4図)けれども、前記のとおり、本件発明のセンサー部の構成をこのように限定して解すべき理由はなく、したがって、原告の主張は、本件発明の要旨に基づくものではなく、採用できない。
原告主張の取消事由1<1>は理由がない。
(2) 取消事由1<2>(バイパス部)について
<1> 前記「流体が流れる管は、層流を保証するに十分に小さく、それにより、境界層効果を最小にする。センサーの通常の流量範囲のためのこれらの管の普通のサイズは、約.014”I.D.である。」との記載のほか、甲第3号証(甲第3号証に記載の発明の特許公報)には、甲第3号証に記載の発明がバイパス部を設ける目的、構成及び効果として、第1図ないし第3A図(別紙図面2参照)とともに、次の記載があることが認められる。
(a) 「本発明の更に別の目的は、センシング要素と同一の構造を有する複数のバイパス管を利用し、これにより、流体の大量の流れを許容するが、依然としてセンシング要素における流れを層流にするようになされた熱式質量流量計を提供することである」(訳文4頁7行ないし10行)。
(b) 「センシング要素41は、コントロール要素40と実質的に同一に構成され、管状の外側対流伝熱シールド43と、ドラムエンド44に設けられた開放センサー管52とを備えている。管52は、流入室46から流出室47まで開放している。温度の変化に伴い抵抗が変化する別個の自己加熱型温度感知抵抗要素53も、要素41の管52の周囲に巻かれており、該抵抗要素をブリッジ回路に接続するための適宜な導線が設けられている。抵抗要素53は、上記管から電気的に絶縁されているが、該管とは良好な熱伝達関係を有している。
ダミー要素42は、要素40と同様に構成され、外側の対流伝熱シールド43と、ドラムヘッド44と、中央管54とを備えている。管部材54の流出端は封止されており、これにより、流体は該管部材を通って流れることは全くできない」(同8頁5行ないし14行)。
(c) 「上述の要素に加えて、符号56でその全体を示す複数のバイパス管が、隔壁33、33の中に設けられている。これらのバイパス管56は開放されており、これにより、流量計の流入口から該流量計の流出口までこのバイパス管を通って流体が流れることができる。上記バイパス管56は、管52と同一の構造を有している。上記バイパス管は、同じ寸法、直径、長さ、形状を有しており、流量計を通過するどのような流体の流れもいずれのバイパス管の中において同一であり、センシング要素41の管52を通る流れと同じである。センシング要素を通って流れる流れの割合は、どのようなタイプの流体のどのような速度又は流量においても同じである。従って、総ての流量、速度において、また、総ての流体に関して、校正は、流量計の限度内にある。図示のように、このユニットには10本のバイパス管が設けられているが、どのような合理的な数のバイパス管を用いることもできる」(同8頁末行ないし9頁11行)。
(d) 「流体が管52を通って流れることを許容するセンシング要素41は、本ユニットを通る流体の流れに対して感知性を有し、一方、ダミー要素は、本ユニットを通って流れる流体によって影響を受けない。従って、流体が、センサーを通りセンシング要素41の管52を通って流れている場合には、熱は、強制的な対流伝熱により、この管を通って流れる流体に対して放出される。これにより、抵抗要素53の温度降下、並びに、ブリッジの不平衡を生ずる抵抗の変化を生じ、ブリッジの出力端子間に出力信号が現れる。この出力信号は、校正により、管52を通って流れる流体の量に関係づけることができ、更に、流量計を通って流れる全流量に関連づけることができる」(同9頁26行ないし10頁6行)。
(e) 「センサーに設けられるバイパス管の構造及び寸法は、センシング管の構造及び寸法と同一である。これにより、種々の流体、種々の粘性、並びに、種々の流量に関してレイノルズを変化させる効果が排除され、センシング管を通って流れる全流量の割合が同一に維持される」(同16頁24行ないし27行)。
<2> 上記<1>によれば、甲第3号証に記載の発明のうちバイパス管を設けたものにおいては、流速が速い場合又は流量が大である場合にもセンシング要素中を流れる流体が層流の状態を維持できるよう、バイパス管を用いて流体の分流を図るものであり、バイパス管はセンシング管と同一の構造を有する複数の管であるため、バイパス管を流れる流体の状態は、センシング管を流れる流体の状態と同じであるとともに、バイパス管を流れる流体の流量に対するセンシング管を流れる流量の割合、すなわち両者の流量比は、どのようなタイプの流体のどのような速度又は流量においても等しく維持されるものと認められる。また、上記<1>(d)の記載及び第2図、第3図に徴すると、甲第3号証に記載の発明には、センシング要素、すなわち管52を通る流量を測定することにより、バイパス管を含め流量計を流れる全体の流量を測定する質量重量計が記載されているものと認められる。したがって、甲第3号証に記載の発明における流量計は、流体の本体を流すための機能とその一部を取り出してその流量を測定するという機能の分化・分担という技術思想を有していると認められる。
そして、ハーゲンーポアズイユの法則等から明らかなように、毛細管に流体を流せば毛細管の入口と出口における圧力に差が発生することは技術常識であると認められ、当業者であれば、甲第3号証に記載の発明においてセンシング管とバイパス管とを同一の構成としたことの目的が、センシング管とバイパス管とで差圧が発生することを当然の前提として、両者の管の差圧を等しくすることにもあると容易に理解できるものと認められる。
したがって、甲第3号証に記載の発明におけるバイパス管が流体抵抗素子として組み込まれたものでないとの原告の主張は採用できない。
すなわち、原告の主張は、甲第3号証に記載の発明がバイパス管を設けるものも含むことは明らかであるのに、バイパス管を設けないものがある点のみを強調し、バイパス管とセンシング管とを同一の構成としたことの目的など甲第3号証の記載から自明な事項を無視するものであり、到底採用できない。
なお、本件発明の「センサー部の毛細管と同一特性の毛細管」との要件が、甲第3号証に記載の発明における「センサー部の毛細管と同一のバイパス管」との構成を包含することは明らかであり、この点において、両者に実質上の差異があるとすることはできない。
<3> したがって、甲第3号証に記載の「バイパス管」は本件発明における「バイパス部の管」に相当するとした一致点の認定、及び甲第3号証に記載の発明がバイパス部を有することを前提とする相違点<2>の認定にも誤りはなく、原告主張の取消事由1<2>は理由がない。
(3) 取消事由2<1>(相違点<1>に対する判断)について
甲第3号証に記載の発明のうちバイパス管を設けたものは、バイパス管を流れる流体の状態は、センシング管を流れる流体の状態と同じであるとともに、バイパス管を流れる流体の流量に対するセンシング管を流れる流量の流量比は、どのようなタイプの流体のどのような速度又は流量においても等しく維持されるものであるから、流体の本体を流すための機能とその一部を取り出してその流量を測定するという機能を有すると解されることは、前記(2)に説示したとおりである。
また、甲第3号証に記載されたようなセンサー要素、制御要素及びダミー要素を用いた熱式質量流量計も、本件発明の流量計に包含されることは、前記(1)に説示したところから明らかである。
したがって、審決の相違点<1>に対する判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2<1>は理由がない。
(4) 取消事由2<2>(相違点<2>に対する判断)について
甲第3号証に記載の発明におけるセンシング管及びバイパス管に毛細管が使用されていると認められることは、前記(1)に説示したとおりである。また、甲第3号証に記載の発明におけるバイパス管が、差圧を発生させるとの意味でも、バイパス管とセンシング管との間における流量比を等しくするとの意味でも、流体抵抗素子として機能していることは、前記(2)に説示したとおりである。
さらに、本件発明の「センサー部の毛細管と同一特性の毛細管」との要件は、甲第3号証に記載の発明における「センサー部の毛細管と同一のバイパス管」との構成を包含するものである。
したがって、審決の相違点<2>に対する判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2<2>は理由がない。
(5) 結論
そうすると、甲第3号証に記載の発明は、実質的に本件発明の構成要件をすべて備えており、また、その効果においても両者の間に差異を認めることができないとの審決の判断に誤りはない。
4 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
別紙図面1
<省略>
別紙図面2
<省略>